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古いデジタルカメラで写真散歩・寺巡り・歴史・仏教など…

観自在…自分の在り方を観る

今日は長い独り言なんでテキトーに流してください…


先日訪ねたお寺で私が懇意にしているある僧侶の方が、写経会の後の法話で語っていました

「皆さんの目も鼻も口もすべて外に向かって針、つまりアンテナを延ばしている、だから人や世間ののことばかり気になって仕方がない…でも”自分の在り方”を見直さないといけないときがあるんです、外に伸ばした針をたまには自分、つまり内側にに向けてみてください」

そして般若心経の冒頭の言葉、「観自在菩薩」という文字をホワイトボードに書いて

「”観”は見るだよね、”自”は自分、”在”はあり方、つまり自分の在り方を観ろ」

「自分の手をかざしてごらん、そして指を握ったり離したりしてごらん、これはすべて”自分の意思”でしか動かせないはず、他人の意思なんかでは到底、自分の指を動かすことはできない」
「だから他人や外の出来事に動じず、”自分の在り方”をしっかり観ることが大事だってことをここで言いたい」
「自分の大事な体を、他人や外の出来事に合わせてどうにでも動かしていたら悲しいことだよね」

そしてそのお寺で買った「日めくりカレンダー」の裏に直筆のサインをしてくださいました

「観自在」

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人を笑わせことを職業とする人の悲しい知らせを聞きました
私と同じ兵庫県出身、年齢も近いことで親近感があったので残念で仕方ない
「まさかあの人がそんなことをするなんて…」と全国の人がそう思ったに違いない
どんな人でも誰にも知られない闇というのがあるんだなと改めて痛感した次第です

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私は苦しいことを苦しいと言える人間だと自分でも思っているし、家族を含めどんな時でも信じて理解してくれる人が周りにいて本当に幸せなことだと思いました
思ったことはすぐに口に出すし(逆に周りにしたら迷惑かもね)、悩んでいる人の話は本当に真剣に聞こうとは思っています(実際にできているかは不安ですが)

そういう考え方が「闇」を少しずつ溶かしていくんだろうかね…
そう考えたりして

「自分の在り方」についても深く考えてみたいと思います



「お前の写真は暗いぞ」
なんて高校の同級生(写真部)から昔言われたことがあった

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「確かにね、それは反論できないな」と返事しておきました
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「でもね、暗い中にも一筋の小さい明りがあればストーリーができるじゃないか」とどっかの写真家が言ったような言っていないような…

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これが自分の在り方の「断片」だと思うし、変えようとは思わない

写真には「闇」があっても心には「闇」は無い

暗いのは写真だけ

そう思い続けてシャッターを切っています



















  1. 2022/05/12(木) 07:58:22|
  2. 仏教
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サヨウナラの向こう側

写真ネタがないので久々の仏教ネタ…

最近は毎週の土曜日ごとに自治会の用事で小学校へ行っています、期末だから仕方ないのですがね

そして現在小学校の体育館には以下の貼紙が…

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いよいよ来週は卒業式があります
まさに今は「さようならの季節」ですね

ところで、この「さようなら」という語源を紐解くと

「左様(さよう)であるならば」

という意味の「左様なら仕方ない、お別れですね」という「諦め」の意味が見え隠れ…
そういう意味で海外の人から見たら日本語の「さようなら」は珍しいそうだ

だって英語の「goodbye」でも、フランス語「adeiu」も、語源は「神とともにあれ」「神のみもとで再会しよう」というように、別れは神さまが守っているのに、日本の人は「そうならねばならぬのなら」と惜しまれて別れていく、つまり背後に「諦め」という重たい意味が見え隠れしています(あくまでも本当意味の知らない人からすると)…

しかし「諦め」は本当に重い、マイナス的なことなのだろうか…


「諦」の本来の意味は、漢和辞典なんかを調べたら「道理を明らかにする」という意味になっている
実際に「諦める」と「明らか」は言葉として同源で、物事の真実の姿やありさまを明らかにすることで「やっと諦められる」というニュアンスを含んでいたのですが、いつの間にか「明らかにする」という大切な土台がゴッソリ抜け落ちて、望んでいることを途中でやめるというマイナスな意味として使われるようになってしまったのでした…

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そして「諦」は、仏教においても古代インドのサンスクリット語「satya(サティア)」の訳語として、「真実・真理・悟り」を意味する言葉であり、「諦観(ていかん)」とも呼ばれ、諦(あき)らかに観る、物事をあきらかに正しくみることによって執着や拘りといった想いを手放すことができ、「大したことなかった」「そこまで拘るようなことでもなかった」というように、物事があきらかになる…
つまり卒業などの「岐路」に立って改めて物事をあきらかに正しくみることによって、この先も明るく進むことができるんです

そういう意味を噛みしめて、改めて「さようなら」を考えてみると

「そうか、左様であるならばこの先もきっと大丈夫」
と捉えてもいいのではないか?
西洋でいう「神とともに」と似た「安心感」も芽生えてくる!
とプラス思考で思ったりして…


小学校を卒業する子供たちに伝えたい

「これからも大丈夫だ、さようなら」

と送り出してやりたい(先生になったつもりかこのオヤジは)








  1. 2022/03/16(水) 17:02:29|
  2. 仏教
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「思い通りにならない」が当たり前…

写真ネタが無いので久々の仏教ネタです
テキトーに流してください

最近はコロナ禍でアッチコッチで規制がっかっております
行動制限
人数制限
時間制限
等々…

感染の広がりを最低限にするためには仕方ないとは分かってるけど正直しんどですね

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かつて釈迦が説いたという
「一切皆苦(いっさいかいく)」
ここでの「苦」とは苦しみではなく、思い通りにならないという意味です

つまり一切皆苦とは「私たちが生きる世界は自分の思い通りにならない」という意味であります

これまでは

思い通りになったこと⇒あたりまえ 
思い通りにならなかったこと⇒しんどい


のように考えていたから、思い通りにならなかったらすぐにしんどい気持ちで落ち込んでいたりすることがあったが、「一切皆苦」の意味を知り 

思い通りになったこと⇒ありがたいこと
思い通りにならなかったこと⇒あたりまえ


と実感すると気が楽になりますよと、どっかの法話で語られていました
まさにその通りだと思う

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別のこのコロナ禍を受け入れろなんてエラソーなことは言えませんが、「何事も思い通りにならない」と受け入れていれば少しは気が楽になるんじゃなかいとはチョイ思ったりして


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「思い通りにならなかったこと⇒あたりまえ」
か…

私もそこまでのレベルには達していいませんがね…

何事もそう思えたらいいんですけどね




  1. 2022/02/09(水) 21:56:19|
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酒に飲まれるな

写真ネタが無いので久々の仏教ネタ


この間の日曜日に日本酒を蔵元へ行って買ってきた
当日発売の「新酒」を狙ってのことです

そして今回は「酒粕」もおまけで付いてきた!
ここの酒粕で造った粕汁は最高に美味くて、カミさんも喜んでいました

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これで年末までは楽しめそうだ




仏教では古くから信者が守るべき基本的な五つの戒(いましめ)である「五戒(ごかい)」があります

・不殺生戒(ふせっしょうかい)
・不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
・不邪婬戒(ふじゃいんかい)
・不妄語戒(ふもうごかい)
・不飲酒戒(ふおんじゅかい)

その中の「不飲酒戒」は、一言で言うと「酒を飲まないこと」となります

酒を飲んではいけないの???
なんて驚くかもしれませんが、これは五戒が制定された紀元前のインドのこと
当時は仏教の信者が酒に酔って戒律や守るべき事を壊しまくったんで五戒の中に組み込まれたんだといわれています

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「現代に置き換えれば飲酒以外にも色欲に飲まれ、財欲に飲まれ、名誉心に酔い、等々…
それによって一切の自主性をうしなってしまうのであります」
と町内のお寺のご住職が、以前の正月で新年の法話で語っておりました


実は私は飲むときは「オンザロックで1杯のみ」と決めています
2杯3杯と立て続けて飲んでいくと自分自身を忘れていまいそうで…

若いときは気が付いたら玄関で寝ていたなんてこともありました(反省)

現在はストレス社会なんで、たまに気分転換に飲む分は良いとしましょう

あらゆるものに対して、酔わないように、酔いすぎないように、気をつけていきましょう

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今日も今から一杯だけ…




  1. 2021/12/07(火) 20:43:34|
  2. 仏教
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自分の敵は自分自身

写真ネタが無いので仏教ネタ


俺の敵はだいたい俺です

先週だったか、ネット(BIG LOBEニュース)で上がっていた話題です

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あるお寺の掲示板(ネットニュース「BIGLOBニュース」より頂きました)


連載漫画「宇宙兄弟」での名セリフですね
宇宙飛行士の訓練中に教官と酒を飲みながら話している一幕
「あなたの敵は誰ですか?」と教官から問いかけられた主人公の南波六太の出した答えだった
「自分の”宇宙へ行きたい”って夢をさんざん邪魔して 足を引っ張り続けたのは 結局俺でした」



古今東西、世の哲学者や宗教家も同じよう言っていた

フランスの哲学者アランも「幸福論」では
『自分の敵は自分以外にいない』
と論じます

ドイツの哲学者ニーチェも
『あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身であるだろう』


仏教を開いたお釈迦さんも苦しい修行の果てに悟りを開けたのも
『苦しみの根源は自分の中に存在する煩悩である』
と最終的に気付いたことによると言われております


先週の土曜日の朝に私のスマホにショートメールが…
その時間帯に小学校体育館に練習に来ていた、小中学生向け空手教室の代表者からだ

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なんでも体育館内の用具倉庫の鍵が閉まったままらしい…
空手では倉庫内の用具は使いませんが、倉庫内には体育館を使用した団体の団体名・人数や時間、感染対策などを記録する用紙のファイルがあるのです

本来は土日に入る前に学校側が開けておくのがルールだったが、鍵を開るのを忘れていたらしい…
「教頭先生に言ったらいいじゃん」なんて一瞬思ったが、私は体育館周りの鍵を一通り持っているので、小学校まで行って開けてあげることに
「ありがとうございました」と練習に来ていた小学生の付き添いのお母さんたち
私も急ぎの用事が無かったので、お礼に貰った冷えたアクエリアスを飲みながら暫く子供たちの空手の練習風景を見させていただきました…


後で教頭先生にLINEしたら
「すいませんでした、お手数かけました」と返事が


「そんな他人のミスを私がカバーすることなんでないじゃないか」なんて決め込んでしまえばそれで終わりです
そして自分も楽ですしね
しかし「自分がやって他の人が助かるんであればそれでイイじゃん」て行動する『ポジティブシンキング』、仏教でいうところの「布施の精神」


「宇宙兄弟」の主人公も、何事も「人のせい」に転化して「自分を楽に仕向けていた」ことに気付いたんじゃないかと私は思う
(漫画を読んでいないので私の勝手な解釈ですが)

俺の敵はだいたい俺です


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いいセリフですね
私も時々呟いてみよう





  1. 2021/10/27(水) 18:09:46|
  2. 仏教
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プロフィール

yamamtso

Author:yamamtso
アマチュアカメラマン
toshiと申します

カメラ・寺巡り・歴史探訪
そして仏教…
探求してきたことや、
ふと思ったこと、出会いなどを
残像(Afterimage)として
残していこう。

古いデジカメばかりで
お見せするのが恥ずかしい
写真ばかりですがよろしく
お願いします

camera
Nikon:D40
Nikon:D810
FUJI:FinepixS3Pro
FUJI:FinepixS5Pro
FUJI:finepix 6800z
SONY:Cybershot DSC-P150

lens
TOKINA:ATX124PRO12-24mm
Nikon:SERIES E 35mmf2.5
Nikon:Ai45㎜f2.8P
Nikon:AiMicro55mmf2.8s
Nikon:AF50mm/f1.8
Nikon:AF18-140mmVR
Nikon:AF55-200mmVR
Nikon:AiNikkor35-70mmf3.5
Nikon:AF28-80mmf3.3-5.6G
SIGMA:AF28mm/f1.8 ASFⅡ
SIGMA:AF24-105㎜f4ArtLINE
TAMRON:AF90㎜f2.8VC
TAMRON:AF70-300mm/f4-5.6
       etc

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