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古いデジタルカメラで写真散歩・寺巡り・歴史・仏教など…

朝から少しブルーになりました

悪友(同級生)がよく私の携帯に電話を掛けてくる
セールス業をやっており、「昨日はこんなお客に腹が立った」「無理な要求をしてくるお客に参ったわ…」なんて愚痴を2週間に一度はかけてきます。

人間相手の仕事は大変だと、そんな電話を受ける度に思ってしまいますが、受けるこちらも聞いているうちにだんだん滅入ってきて(そりゃそうだ)、「心ここに在らず」と聞いているとそれが伝わって「電話切りたがっているなオマエ」なんて言い出す。ある程度ぶちまけたら気が済んだのか「ではまたかけるわ」なんて電話を向うから切る。
こっちは「やれやれ」…

今朝も8時くらいにかけてきやがった、会社に出勤前だったんだろうな…
本人はスッキリして会社に向かっただろうが、朝から聞いた本人(私)はチョイブルーになりましたわ…

まあ「愚痴」ってのは家族にも職場の仲間にも言いにくい事もあるはずなんで仕方ない部分もあるけど(でも聞く方は溜まったもんじゃないけど)

仏教の思想に「唯識(ゆいしき)」といういうものがあります
一言で説明は出来ませんが、自分が「常識」と思っていることが全てではないという教えでもあります
例えば「水」は私たち人間には生きるために必要な液体、でも魚にとっては住処やただの道路、このように常識から大きく逸脱した教えが唯識には多く含まれます。
「自分は正しいのだ、これが常識だ」と自己主張に固執するあまり他者と対立や闘争が絶えなくなる
「法律とかのくくりは別として、人間ってみんな自分が正しいと思っている生き物、だからいかに妥協しながら共存していくしかないのです」って法話をどっかで聴いたことがあります

「みんなオマエ自身を含め『自分が一番正しい』と思っているんだよ、だからそんなに落ち込んだり腹を立てたりしても自分が損をするだけだよ」なんて言ってやりたいが…

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こんど機会があったら寺に連れて行ってやろう



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  1. 2017/10/21(土) 18:21:01|
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お盆が終わって思ったこと

お盆休みが終り、今日から会社に出勤される人も多いかと思います
私の会社も今日がお盆明けの出勤日。気怠そうに出勤していました(私もその一人)…

そしてお盆の間は何やっていたかと訊くと、家でゴロゴロしていた人ばかりでした

そもそもお盆って何をする期間なのかよくわからない人が多いのでは?

お盆の初めに「地獄の釜」が開いて、あの世からご先祖さんたちが帰ってくるのでそれをお迎えし、お盆の終わりにお見送りするのが一般的にお盆なんですね。
地区や宗派によっては「お迎え火」や「送り火」、茄や胡瓜を馬や牛に見立てて飾ったり。

私の住む播磨は、昔から浄土真宗の門徒が多く、「戒め」がないとする思想からか盆棚をはじめとする盆飾りを用意する家庭があまりなく、盆菓子を仏壇や墓などに供え、ご縁さん(浄土真宗でのご住職の呼び方)に家に来てもらって読経をしてもらう程度の地区が多いです。
※「戒め」が無いと言っても、「自分は戒めを破っている悪人なんだ」という意識を常に持てと親鸞さんは説いています

そんな播磨でもお盆の時は殆どの地区で「盆踊り」をやっているところを考えると、お盆も定まった様式が薄れつつあるのかなと思ったりして…

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そういえば今年は実家の墓参りした程度でお盆は終わってしまいました。ご縁さんがカミさんと私の実家に来た時も、今年はこっちの都合で帰れなかったので一緒に読経もしなかったな…

御先祖がいたから現在の私がいるんだという気持ちをどこかに持っているべきだと思うようにしたいです
来年は必ず実家に帰って「正信偈」を読経しよう






  1. 2017/08/21(月) 21:39:50|
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如意輪さんは言う「意のままにならぬこともあるのだよ」

今日の午前中は、来週の土曜日に行われる校区の盆踊り大会で、私の町が出店する屋台(ワラビ餅とフライドポテト)の食材の注文や資材の買い付けなどに行って来ました。
自治会長から頂いた軍資金の範囲で上手く賄わなければいけません。つまり屋台当日、売り上げが軍資金を上回ることが出来れば、その分を町のスポーツ資金(ソフトボールのバットや新規のユニフォーム調達など)などに宛がうことが出来ます。過去は赤字になったこともたびたびあり、自治会長から怒られたこともあったそうな…私は今年から町の盆踊り大会の会計を任されており、軍資金を先日自治会長から頂くときに「町のお金なので大事に扱ってください」と念押しが…責任が重大です。

明日は秋祭りの準備として「虫干し」が行われます。
秋祭りに担ぐ屋台の飾りつけや、太鼓打ちが着る着物などを朝のうちに一旦出してきて、半日ほど干して夕方に虫よけ(ピレパラや虫コナーズなど)を入れ替えて片付ける行事です。

今月に入ってこんな感じで土日は必ず自治会行事が続きます

真夏なので体に堪えます

姫路市にある山寺
参道(といっても山道)を登っていくと峠に如意輪観音さんが祀られています

私はこの山寺を訪れる時にいつもここで一休みします。

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青空に夏の雲、イイ感じです

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空に露出を合せた為如意輪さんはシルエットになったが逆にこれがイイ感じか

この如意輪さんは意外と厳しいお顔で、やさしく「よくここまで登ってくれたね」とは言わず「まだまだ参道は続く、頑張れや」と叱咤激励しているように見えます…

「如意輪観音」…如意とは意のままになるという意味で、富や徳など意のままもたらせるという「現生利益」の代表選手的なお方です。

でも現実は厳しいですね。やはり自身の努力があってこそ「富や徳」が積まれるということを厳しく教えてくれているでしょうかね、この峠の如意輪さんは?

自治会行事が続いて「なんで俺だけがこんな辛いことばかりやらないと…」なんて思わずに、地道にやっていきましょう
だって誰かがやらねばならない事だから…

いつかはこの如意輪さんはニッコリ笑ってくれるでしょう


なんてイイことを言いながらここだけの話、今日の買い出しの帰りに余りにも暑くて疲れたので「会議費」としてメンバーと喫茶店で休みました、自治会長さん・如意輪さんお許しを…

  1. 2017/07/29(土) 19:03:26|
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道元さんの教え「あるがままを拝め」 正法眼蔵より

昨夜からの雨。
本日予定していた「壮年ソフトボール大会」は来月に延期

家に閉じこもっているのは嫌なので、午前中車にガソリン入れに行ったついでにブラブラ…

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SONY Cybershot DSC-P150

いつもワンショルダーに入れているコンデジSONY Cybershot DSC-P150をお供に

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スマホ(ギャラクシーS5)で撮影

もう13年位前の機種でたった720万画素ですが、「すっと出せてすっと撮る」ことが出来るコンパクトなボディ。そしてマクロは弱いが搭載されているカールツァイスレンズの描写が気に入って今でも現役。
しかし長年使っているのでレンズカバーに誇らしげに記載されている「Carl Zeiss  Vario-Tessar」の文字も消えかけ…
でも機能には影響はないので全く気にせず

最近、道元さんの著書「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう」を読んでいます。難しい哲学書的な内容で私には断片的にしか理解できませんが、その中で感銘した一節

「はなにも月にも今ひとつの光色おもひ(い)かさねず」

花や月を見てもそこに別の色や光を付け加えないということです。私たちは花を見て「もう少し鮮やかな色だったら美しいのにな」とか、月を見ては「雲が無ければなあ」なんて思ったりする。そうではなくあるがままを大事にせよ、という事です。
これは我々の人間関係についても応用ができるだろう…
私たちには誰しも何人かは「アイツは嫌な奴だ」と思う人がいる。でもそんな嫌な人のことを好きな人もいるはずです。その人にとってそいつはイイ人ということになる。ではその人物とはいったいどういう人なのかと考えると、分からないわけです。だったらそんなことを気にせずに、今目の前にいるその人をしっかり拝みなさいという教え、つまりこれが禅宗の言う「諸法実相」ということ。
という教えです。

平たく言えば別に拝まなくても、目の前にある人を含めて物事を拒否せず「受け入れる」ことが大事ということなんでしょうね

雨上がりのガーデン。

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SONY Cybershot DSC-P150

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SONY Cybershot DSC-P150

ソフトボール大会が延期となって鬱陶しい天気で気が重くなりますが、雨が降って農家の人など逆に喜ぶ人もいる。
だったら私たちは目の前の現象をそんなに気にしたって仕方がない。とりあえずあるがままを受け入れましょうか…

レンズの文字が消えかけている?
そんな小さい事なんて気にしねェ(ホントは少しだけ気に…)!


そんな考えでよかですか?
道元さん…


  1. 2017/06/25(日) 11:59:20|
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「内在時間」とは…

今回は少し真面目にいきます

今日は次の日曜にある壮年ソフトボールの大会用具の最終確認、そして午後から卓球大会の出場者への案内状配布。
来週以降もグランドゴルフや卓球大会、女子バレーなどの行事が続きます。
休みの日も用事が出来て忙しくて、時間に追われてイライラしがちですがそんな時にこそ心を落ち着かせて何事にも挑まねばと思います

釈徹宗(しゃくてっしゅう)というお坊さんの著書に書いてあって凄く納得した一説がありました。
「外在時間」と「内在時間」という観念
現代社会では技術が発達して移動に要する時間がかなり短縮されています。作業や家事に費やす時間も短くなってきた。そうであれば現代人は昔よりもずっと余裕のある生活を送れているはずなのですが、逆に昔よりもずっと忙しく感じてしまっている気がします。
その理由として、それだけ現代人の「内在時間」が収縮しているためではないだろうか?「外在時間」をいくら余らせても心の中の時間が収縮してしまっているので気持ちは忙しくなる一方。
「忙しい」とは「りっしんべん」(つまり心)に「亡(ほろびる)」で、つまりちょっとしたことで自分を見失ってイライラしたりキレたりしてしまう。ちょっとした時間も辛抱できなくなる…

では委縮した内在的な時間を延ばすにはどうすればよいか?
それは「宗教的儀礼」に身を委ねるのが一番かと思う…

というような内容でいた。

「宗教儀礼」とい聞いて気が引ける人もいると思いますので、その代わりにゆったりした時間を過ごせる音楽鑑賞や文学に浸っていても良いと思う。
私の言う「宗教儀礼」とは、お寺や神社に行って「大いなるもの」に身を委ねるということ

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お寺に行って線香をあげて、本堂で般若心経を唱える
それだけで時間を忘れて心が落ち着く…
そんな時間が私にとって釈徹宗さんの唱える「内在時間」を延ばすアイテムの一つとなっている

理詰めの現代人にとってこのような「宗教儀礼」は意味不明に映るかもしれない。そしてこんな意味不明の場に身を置くことが苦手になっていると思う。だったら自身で時間を忘れて心が落ち着く場所を探してその場に身を委ねればいいと思う。先ほど言った音楽鑑賞や本を読んだりするのも良いと思う。一過性のスマホゲームやSNSにどっぷりはまるのもイイですが、どこかで落ち着いて身を委ねる場を持たないと、時間に追われて情報を浴び続け、思考が退化し始めているといわれる現代人が持たないと考えるのは考え過ぎだろうか…

先日お寺行ったばっかりなのにまた行きたくなっている…




  1. 2017/06/18(日) 17:05:52|
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yamamtso

Author:yamamtso
カメラ・寺巡り・歴史探訪
そして仏教…
探求してきたことや、
ふと思ったこと、出会い、
そして邂逅(かいこう)等を
残像(Afterimage)として
残していこう。

古いデジカメばかりですが
未だ現役。

camera
NIKON:D7000
FUJI:finepix 6800z
SONY:Cybershot DSC-P150

lens
TAMRON:AF17-50mm/f2.8 VC
Nikon:AF50mm/f1.8
Nikon:AF55-200mmVR
Nikon:AiNikkor35-70mmf3.5
TOKINA:17mm/f3.5 RMC
SIGMA:AF28mm/f1.8 ASFⅡ
TAMRON:AF70-300mm/f4-5.6
       etc

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