toshi's afterimage

古いデジタルカメラで写真散歩・寺巡り・歴史・仏教など…

猫 in 仏教

先日の早朝日本庭園に行った時見た風景

どっかの猫好きの人があげたのだろう、キャットフードを前に辺りを警戒している猫を見た

DSC_4209.jpg

鋭い視線の先には羨ましそうに見る別の猫

DSC_4206.jpg

暫くしてまた別の猫が「オイラにも頂戴」と頭を下げてやってくる

DSC_4205.jpg

良く観ると後ろ足に怪我をしている
エサの取り合い或いは縄張り争いでの勲章か…
猫の世界も大変だなぁ

仏教ではネコの存在は意外と薄いです…
私は色々なお寺に行って「涅槃図」があれば必ずきめ細やかにチェックします
お釈迦さんが今まさに涅槃に入ろうかとする時にどんな人が悲しんでいるだろうかと…
菩薩さん、阿修羅さんはじめ大勢の羅漢さん、弟子たちなどあらゆる者たちが泣いている
そして下部には必ず動物たちも
獅子や虎、ネズミ、蛇やなんとムカデ、ナメクジ(!)までお釈迦さんの死を悼んで泣いています
しかし何故か猫が涅槃図には描かれていないですよね
たまに猫が描かれている涅槃図を見て「ラッキー!」なんて思っても描かれた時代をみると江戸時代などはるか後世の者ばかり

何でだろうかと色々調べても明確な答えは出ません
お釈迦さんの母親の摩耶夫人が病気のお釈迦さんまで霊薬を届けるためにネズミを遣わせたが途中で猫に邪魔されたとか、お釈迦さんが涅槃に入る時にネズミが四方へ伝達に行ったが、元々猫をこころよく思っていなかったためにわざと伝えなかったとか…
もっともな説は、インドに猫がペットとして伝わったのは、史実として釈迦が没したずっと後の紀元前2世紀だからなど…

でも中国と日本を往復する船には必ず猫を乗せていて、大事な経典をネズミに噛まれないようにしていたことを考えると、お釈迦さんが(伝説では)大事に伴に連れていたネズミは実際には仏教には「天敵」だった一面があったとこと考えるともう何が正しいか訳が分からなくなります

でもこんな話は猫たちにとってはどうでもいい事なんでしょうけどね

DSC_4213.jpg

寒い日も猫たちは悠々と歩いていて元気だなァ


スポンサーサイト
  1. 2018/02/06(火) 21:49:35|
  2. 仏教
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Nikonで「而今(にこん)」今を楽しもう

先日、早朝の日本庭園に行って来た
すると余りの寒さかアチコチで霜が降りていた

いつもは緑に輝く苔にも霜が…

DSC_4176.jpg

いつもなら見逃して、あるいは気にしないで通り過ぎていましたが
こうやってクローズアップしてみると違う世界が覗けて面白い
(マクロレンズじゃないんでここまでですが…)

DSC_4185.jpg

本当にこのときは寒かった
だって姫路城のお堀の一部にも氷が張る寒さですもの

DSC_4212.jpg


カメラを手にしているせいか、普段以上に周りを気にして歩いていると小さいことでもツイツイ感動してしまう…

鯉もまだ眠りのなかでジッとしている、ただ「漂っている」といった感じで、正直思わず笑ってしまうそうになった

DSC_4172.jpg

こうやって普段気にしないでいた風景が楽しくなっている

よく周りの人に「〇〇さんは楽しそうでイイですね」なんて言われます
私だって色々な悩み(カミさんの親や私の親の介護など)があるけどそんな悩みがあるように観られないのは、ある意味、喜んでいいのかな?なんて思ったりして


道元さんの言った言葉に「而今(にこん)」があります
禅語のひとつで、平たく言えば「とにかく今を大切に楽しめ」ということ
道元さんは言う
『現在は過去の「今」を積み重ねた結果であり、未来は現在の「今」の積み重ねで出来るのです。ならば最も重要なのは「今日」であり「今」なのです』と…

今を精一杯楽しんだらきっと明るい未来が待っている

「ニコンのカメラで而今(にこん)やってます」なんてこと言ったら「オマエは本当にお気楽人だなァ」って道元さんに言われるだろうなァ…







  1. 2018/01/30(火) 21:05:14|
  2. 仏教
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

「大いなるモノ」を敬い畏れる気持ち

年末にカミさん&カミさんの母親と3人で墓参りに行きました
カミさんの実家の墓と私の実家の墓は同じ霊園の敷地内にあり、時々一緒に墓参りに行きます

DSC_1744.jpg

その時にカミさんの母親が「あんたらが死んだら墓はどうするの?」と突然訊いてきた
私は次男なので墓が必要となったら新規に建てないといけないし…
カミさんは「子供たちに負担がかかるならもう要らないんじゃない?この霊園の共同施設に骨を納めたら」なんて言っていた。
周りを見ると、維持が出来なくなって墓の「空き地」がポツポツ増えてきたように見えます

私の父親方の実家(本家)の墓も毎年私がお盆の時期に墓参りしていましたが、本家の長男が都市部に引っ越したのをきっかけに、維持が難しくなりお墓もそこに移設しました。そんなことは知らず去年の夏に行った時にお墓があった場所が更地になって、本家の傍に住んでいる人に訊いて初めて知った。「安政四年」と彫られた先祖の小さい墓石たちも合わせて一式持って行ったそうです。本家はもう誰も住んでおらず墓もいつも面倒を見てくれている人の傍にあった方が良いとは思います。

巷で「墓はあったほうがイイか?」なんて最近話題に上がっています
私は個人的にはどっちでも良いと思うけど、どこかで先祖を想う場所は絶対に必要だと思います。今の自分が居るのも先祖が積み重ねてきた結果であり、先祖を敬う気持ちはどこかで持っていたい
それが墓の前だろうが共同施設だろうが家の中の仏壇の前だろうが関係ないと思います

そして先祖を敬う気持ちと、「大いなるモノ」を畏れる・敬う気持ちも忘れてはならないと思います
「大いなるモノ」とは神仏でも良いし、自分の中に新たに創っても良いと思います
昔の任侠映画や時代劇映画で「どこかでお天道様(おてんとさま)が見ているぜ、お天道様には逆らえない」なんてセリフが飛び交っていました。どんな人間でもどこかに「大いなるモノ」を畏れる気持を持っていれば大きく人の道を外れないような気がします


釈迦は「死後の世界」に対しては、在るとも無いとも説きはしなかった
「そんなことを悩むより、今は修行に励んで煩悩を滅せよ」と言いたかったんだろうな

でも釈迦の死後、大乗仏教が興ると死後の世界観が確立し始め、我が国の平安時代、源信が書いた「往生要集(おうじょうようしゅう)」が大ベストセラーとなり、地獄の存在が一般の人たちまで浸透し誰もが地獄を畏れるようになる。当時の貴族たちは競うように寺院を建てたり、寺院に写経を納めたりして「生前の徳」を積むことで「地獄逃れ」が大ブームとなりました。
貴族にとっては地獄に落ちる怖さ以外に、政敵を蹴落としたり滅ぼしたことによって降りかかる「怨霊・怨念」の怖さの影響もあったと思います

最近はこの「地獄パワー」が薄れてきたせいか「怖いもの知らず」的な人たちが起こした事件が後を絶ちませんね

別に地獄を畏れよとは言えないですが、やはり「大いなるモノ」が自分を見ているという気持ちと、先祖への感謝の気持ちはどっかに持っていたいと思う今日この頃です

意味の分からない長い独り言になってスイマセン




  1. 2018/01/06(土) 20:47:34|
  2. 仏教
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

庶民の祈り「一石五輪塔」

高野山の奥の院にて…
戦国大名や豪族たちの巨大な五輪塔が居並ぶ

DSC_2148.jpg
居並ぶ五輪塔

五輪塔とは
下から「地」「水」「火」「風」「空」と宇宙の要素(なりたち)を形どった供養塔であり、つまり密教で言う大日如来そのものだという教え

その五輪塔たちの隙間のアチコチに小さい五輪塔がそっと置かれている

DSCF2453.jpg
赤い前掛けを掛けらた一石五輪塔

高野山には到底立派な五輪塔を建てることが出来ない庶民の祈りの形なんだろうな…

DSCF2443.jpg
倒れた一石五輪塔

死んだ親や親族たちが弘法大師の傍で永遠に眠れるよう、懐に忍ばせて遥か遠くから命がけでやってきて置いて行ったと思われます

奥の院から遠く離れた大門周辺の発掘調査でも一石五輪塔が地中から出てきたことを考えると、本来の奥の院は何処が始まり何だろうかと考えてしまう、つまり高野山寺域全体が奥の院だと考えても妥当なのか…


DSC_2112_20171204223854722.jpg
集められて祀られた一石五輪塔たち

やがて風化と共に朽ち果て、大地の一部となった上にまた新たな五輪塔が置かれる

奥の院の供養塔は一説によると20万基と言われているが、地中に埋もれたものを合わせるとゆうに100万基は越えるとも言われている

釈迦が入滅して56億7千万年後に、この世を救うために弥勒と一緒に弘法大師が再びこの奥の院で現れるという
供養された人々はそれを奥の院で待ち望んでいるというのか…

名もない庶民たちの祈りが堆積した奥の院

DSC_2177_20171204223854151.jpg
誰が置いたか石積

戦国大名の立派な供養塔よりもこんな小さい五輪塔の方が気になる私…





  1. 2017/12/04(月) 23:03:46|
  2. 仏教
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

普段の生活も修行

最近仕事上で色々な依頼が舞い込んでくる、現場の改善班も務めている私
「なんでこんなこと私がやらなきゃいけないのか?」なんて思う事もしばしば
でもその依頼をやり遂げた後、依頼主から「おかげで助かりました」なんて言われると嫌だった思いは何処へやら
私って単純なんだろうな…

禅の道を極め、曹洞宗を開いた道元
彼の自叙伝でもあり、体験談でもある「典座教訓(てんざきょうくん)」を読むと面白い記述が

禅を学ぼうと日本から宋(当時の中国)へやってきた道元。寧波(ニンポー)の港についた道元は一人の中国の老僧に出会う。この老僧は阿育王寺(あいくおうじ)という大寺の僧で、「典座」という寺の台所を預かる役目という。
宋に渡って初めての仏教僧との出会いに興奮した道元は、禅についてもっと語り合いたいと感じて「どうぞ今晩はご供養しますからここに泊まって下さい」と願うが、老僧は「私は明日の食事の準備をしないといけないので帰ります」と断る。
道元は「阿育王寺といえば立派なお寺で食事係など何人もいるはず、あなたのような老齢の方がなぜ典座職のような雑用をやっているのか」と畳み込みます
老僧は笑って「あなたは修行の何たるかをわかっていないようだ」といったそうな

禅でよく使われる言葉に「喫茶去(きっさこ)」があります。一杯のお茶を飲むのも作法があり一つの修行であると説く。
このように生活そのものを修行とすることで、あらゆる機会において仏性を活性化させることが重要という事をこの老僧から学んだと「典座教訓」に記されている

座禅を極めることが修行であり、悟りを得ることだと思っていた若い道元はカルチャーショックをうけたことだろうな…

宋で修行の何たるかを理解した道元は、帰国後永平寺にて「生活そのものを修行」とするためのマニュアルを作成、それは爪の切り方にはじまり、排泄行為やそのあとの手の洗い方まで具体的に多岐にわたっているという。


DSCF0425_2017112922104322e.jpg
高野山の修行僧たち

職場の問題でそのしわ寄せがこちらに来て「何で俺がこんなことやらなきゃ…」なんてよくありますね
急に舞い込んだ仕事でも、それは時節因縁と考え、それをやらなければいけないのであればそれをやればいい。辛いと思ったこともきっとどこかで報われるはず。
なんて考えられればいいんでけどね

頼まれごとの度に、自分では気づかないけど嫌な顔しているだろうな私

道元さんが私をみたら「若いころのワシと同じで修行というモノが解っていないなァ」って言うだろうな


  1. 2017/11/29(水) 22:21:46|
  2. 仏教
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

プロフィール

yamamtso

Author:yamamtso
カメラ・寺巡り・歴史探訪
そして仏教…
探求してきたことや、
ふと思ったこと、出会い、
そして邂逅(かいこう)等を
残像(Afterimage)として
残していこう。

古いデジカメばかりですが
未だ現役。

camera
NIKON:D7000
FUJI:finepix 6800z
SONY:Cybershot DSC-P150

lens
TAMRON:AF17-50mm/f2.8 VC
Nikon:AF50mm/f1.8
Nikon:AF55-200mmVR
Nikon:AiNikkor35-70mmf3.5
Nikon:AF28-80mmf3.3-5.6G
SIGMA:AF28mm/f1.8 ASFⅡ
TAMRON:AF70-300mm/f4-5.6
       etc

リンクはご自由に(一言連絡いただければ有難い)

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (2)
カメラ (13)
歴史 (31)
写真 (20)
寺巡り (22)
独り言 (36)
写真散歩 (123)
仏教 (30)
レンズ (5)
播州の祭り (13)
神社 (3)
日記 (62)
旅行記 (9)
オーディオ (1)

アクセスカウンター

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

アルバム

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる