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歴史は繋がっている② 関ヶ原~薩摩の仕返し1867パリ万博

マニアックな歴史ネタなのでテキトーに流してください


1970年の大阪万博。「人類の平和と進歩」がメインテーマだった

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その約100年前の1867年のパリ万博にて薩摩藩は幕府に大恥をかかせたのでした…

思えば関ヶ原で西軍の旗頭として島津は参戦。
西軍が負けその結果薩摩藩は江戸開府後、外様大名として幕府から徹底的に痛めつけられた
例えば大雨である藩の河川が決壊。その後の修復工事などで、薩摩藩をはじめ多くの外様大名が普請させられた。人材も費用も薩摩で賄う…
そのせいで薩摩藩は財政が行き詰まり、最終的に領民たちの税を上げるしか手立てが無かった。

薩摩は幕府に対して、長い浅くない恨みを抱いていたことは間違いない


やがて幕末、幕府には秘密裏に琉球や英国と繋がりを持ち国力を高めていった薩摩…

そして1867年の「パリ万国博覧会」
フランスの皇帝ナポレオン三世からの招き・出品要請があり、日本を代表して幕府からの使節団がパリの万国博覧会場に到着。
代表は15代将軍の徳川慶喜の弟、14歳の徳川昭武(あきたけ)だった。

300px-1867Delegation.jpg
徳川昭武を中心とする幕府の使節団(ネットから拝借)

当初は超一流の「パリ・グランドホテル」に滞在していたが、勘定方の渋沢篤太夫(しぶさわとくだゆう)は30名に及ぶ日本人の巨額な宿泊費に悲鳴を上げ、ホテルを引き払いパリの下町にあるアパートに移ることにした。

そんな矢先、天地がひっくり返るような出来事が起きる。

薩摩藩家老、岩下左治衛門(いわしたさじえもん)を代表とする「薩摩・琉球王国使節団」がパリに現れたというではないか!?

これは勿論主催するナポレオン3世の了承は得ているのですが、世界各国から来た新聞記者たちはたいそう驚いて紙面をかなり賑わしたそうです。
これまで日本と言えば「大君(たいくん:将軍のこと)」が皇帝として君臨していると言われていたが、本当はお隣のプロシャ(当時のドイツ)と同様に「共和制」じゃないか!大君の地位なんて大したことないじゃないか!と各国の新聞記者たちは思っただろうな。
だってこれまで幕府は琉球とは貿易・交流は禁じていたし、琉球王国なんて認めていなかった。その琉球王国と外様の薩摩藩が組んで万博に出品しようとは、幕府にとってまさに天変地異ではなかったか…

特に薩摩の出品した「薩摩焼」は大好評でこの万博の後、世界中の富豪たちが「薩摩焼」を買い求めたと聞く
薩摩はこの万博で外貨の獲得という大成果も収めたことになった

そして薩摩琉球王国連合は、「一国の代表」的な振る舞いで「薩摩琉球王国勲章」と称する勲章を、パリに集まった列国の有力者たちにばらまいたのでした。

この薩摩の「寝技的な外交」には幕府を舌を巻いたことだろう。
パリの新聞は、連日幕府と薩摩の奇妙な関係について報じ、幕府側はこのあと一層に窮地に立たされることとなった

puffer (2)
三人の着物女性が茶を振舞う、我が国最初の「お・も・て・な・し」か…(ネットから拝借)

その頃本国のわが国では、大政奉還・王政復古、そして鳥羽伏見の戦いで本体の幕府は事実上崩壊してしまった
帰国命令後、幕府使節一行がチュイルリー宮殿にナポレオン三世に挨拶に参上した時、ナポレオン三世は彼らに対してひどく冷淡であったという。彼らが帰国した時、すでに世は「明治」になっていた…


結果的に幕府の「夕暮れ日暮れ」を世界に示したことになってしまった…

長年積もった恨みで「関ヶ原の仇をパリで打つ」になってしまったようですね


やはり歴史は繋がっている



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  1. 2018/07/12(木) 21:17:44|
  2. 歴史
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

1867年当時、万博の記録写真に関して公的な立場にあったのが、写真家ピエール・プティです。
そして国家事業である万博を記録するために、ビッソン兄弟、ブラウンといった優秀な写真家たちが会場や展示の撮影に協力しました。
彼らによる写真は単なる記録にとどまらず、当時のカメラの性能や撮影技術の到達点を示す成果でもあり、文化遺産とも位置づけられるでしょうね。
そしてまた、40ヘクタール以上の広さを誇る万博会場シャン・ド・マルス(陸軍練兵場)に建設されたメイン会場(パレ)や各国のパヴィリオンの撮影は、ナダールが考案した気球による空中撮影で行なわれました。
(現在は公園として整備され、エッフェル塔が建っています)
  1. 2018/07/12(木) 23:17:49 |
  2. URL |
  3. Vodka #-
  4. [ 編集 ]

>vodka さん
色々調べてマニアックな歴史ネタにも食いついてきますね~
写真が発明されたのが1840年だから30年近く経っているので、写真というものに対して色々なチャレンジが始まる発展期になった時期なんでしょうね
当時の写真を見て以外に現代並みに解像度の良い写真なんかを見ると技術の発展速度もすごいですね
  1. 2018/07/12(木) 23:44:20 |
  2. URL |
  3. toshi #-
  4. [ 編集 ]

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カメラ・寺巡り・歴史探訪
そして仏教…
探求してきたことや、
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TAMRON:AF17-50mm/f2.8 VC
Nikon:AF50mm/f1.8
Nikon:AF55-200mmVR
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